株式会社佐藤造船所様は昭和元年に創業し、宮城県石巻市に舎を構え、親子三代に渡り100年余り地域の造船所として、船舶の建造及び修繕を行ってきました。スノーケルのSL30SLをご使用いただいています。
現在は代表取締役社長の佐藤文彦さん、代表取締役専務の佐藤孝明さんの兄弟お二人で会社の経営をしています。
今回は孝明さんにお話を伺いました。
創業から100年、地元に根付いた造船所
御社の仕事内容を教えてください。
――平成の最初の方までは船の製作もしていましたが、現在は漁船の修繕を主にやっています。弊社のお客さんの7割は牡蠣の養殖をしている漁師さんで、ちょうど今の時期(※インタビューは1/23に行いました)は牡蠣の出荷で船を使っていて、9月末くらいから出荷が始まる関係上、その前に持ってきて、船体等の掃除や傷んでいるところを修理します。休漁期間にあたる夏場が一番忙しいですね。それ以外だと赤貝の漁等に使う小型底引き船が同じように9月1日から漁を始めるので、一気に集中して持ち込まれるので非常に忙しくなります。
一番忙しい時期は何名で作業されているんですか。
――通常は2人でやっていて、忙しいときはアルバイトを募集して5~6人でやっています。できるだけ回転率をよくして納期に間に合うようにしています。朝早くから夜遅くまで作業してますよ。
大変なお仕事ですね。一回の修繕でどれくらいの期間 船を預かるんですか?
――工事内容にもよりますが、だいたい1週間から10日くらいでしょうか。
年間だと何隻くらい修繕されるんですか?
――100隻くらいあると思います。
すごいですね!
――震災前だと120~130隻くらいはあったんですが、今は震災をきっかけに漁師さんを辞める人もいて、少し減ってきていますね。
修理を依頼される船はどれくらいの大きさなんですか?
――漁船は許可トン数で大きさを表しています。弊社が対応できる船は許可トン数20t未満の船になります。20t未満といっても長さは30m弱、幅は6m程で船自体の重さは100t以上はありますね。弊社で使っているクレーンは150tまでの重さに耐えられます。
けっこう大きいですね!どのように作業されているのですか?
――以前は自走できるクレーンを使って軌道レール(海から船体を引き上げるレール)についている台車を海に沈めて船を載せて引き上げてました。当初は船の周りに足場を組み立てて作業することも検討していたんですが、それなりのものを揃えようとすると金額もけっこう高くて。機械を入れるにもレールがあるので船のそばまでいって作業するのが難しかったんですが、震災をきっかけに作業場の工事をしてから置ける船の隻数も減ったので、その中でどうやって作業の回転率を上げるかいろいろ考えていました。他の造船所でこのクレーンを入れているところは少ないと思います。ほとんどの造船所はスロープや軌道レールを使っています。弊社も鉄道から払い下げてもらったレールを使って設置していました。
クレーンと軌道レールを使うのとどちらが作業としては楽なんでしょうか。
――クレーンを使ったほうが安全だと思います。弊社は特殊な場所で、干潮・満潮によって潮の流れが変わってくるので、直線になっているレールの上にある台車に船を乗せるのはけっこう難しいんですよ。干潮になると水深が浅くなって船が引けないこともあるし、波が荒い時は船体を台車にぶつけたり、脱線することも何度もありました。その場合は自分でボンベを背負って潜って直したりしますね。クレーンのメンテナンスは手間もお金もかかるので、できるだけ自分たちでやり方を覚えてやるようにしています。
なるほど。ところで、この仕事で一番苦労するのはどんなことですか。
――天候に左右されることですね。雨が降るとなにもできないので。。FRP(繊維強化プラスチック)の船だと溶剤を使うこともあるので、湿気が多い日は作業ができないこともあります。一昨年は特に雨が多くて、苦労しました。30mくらいの船が入る工場を建てる計画があったんですが、予算的にもなかなか厳しくて。。
佐藤造船所さんの他にも、漁船の修繕をメインにやっている会社はどれくらいあるんでしょうか。
――弊社のように小さい造船所は全国にたくさんあると思います。大きい造船所さんはブーム式のものを使っているところが多いですよね。弊社も1台古いの(スノーケルのTB)があるんですけど、クレーンを導入してからは上のほうのメンテやグリスアップの際に使ってます。
一番重視したのは、傾斜で使えること
それではいよいよSL30SL導入の経緯について伺います。
――傾斜地対応で、作業床を上げたまま走行できるもので絞って探していたら、この機械(SL30SL)をインターネットで見つけました。
SL30SLにした決め手はなんですか?
――弊社は地面に2%の傾斜がついているんですが、国産の車輪のついたもの(ホイールタイプの高所作業車)だと安全装置が働いて上がらないときがあって。ちょっと使いづらかったんです。それに上げたまま走れないですしね。
傾斜地で使用中のSL30SL
そうですね。特に傾斜があるところは。作業床を上げたまま走行する事が多いんですか。
――船を洗うときとか、塗装する時はそうですね。作業床よりも作業スペースが広いところは動かしながら作業しています。
実際に機械を導入してから2年くらい経ちますが、現状いかがでしょうか?
――作業スペース(作業床)がけっこう広いから、便利は便利ですね。
主に船の塗装や溶接に使われてるんですか?
――塗装がほとんどですね。あとはFRPの修繕ですとか。
FRPの修繕というのは、具体的に言うとどんな作業なんでしょうか。
――サンディング(表面を研磨して滑らかにする作業)して、そこを接着ですかね。
現在使っていて、改善してほしい点や要望はありますか?
――全部の車輪が動いて、横に走行できたりとか(カニ走行)、ジブで全回転できたらいいですね。いま増車を検討しているので、中古の機械があれば紹介してほしいです。
東日本大震災 当時の状況
震災が起こった直後はどのような状況だったんですか?
――自分は船の洗浄をしていました。6隻の船を預かっていて、工場は満杯でしたね。地震が起きて、弊社が預かっていた6隻のうち1隻は海に落ちてしまい、近所の方の助けを借りながら引っ張って岸壁につけました。この辺の人は津波が来る前に船を沖に出すんですよ。なので船主さんが来るまではエンジンをかけてスタンバイして待っていました。もし船主さんが来なければ自分が船を出して沖に出ようと思っていました。社長が近所に住んでいる船主さんを呼びに行って、到着してから船主さんは沖に出ていきました。それからは残りの船がまた海へ落ちないようにストッパーをかけなおしたりして、両親と社長は山の上に避難して、自分は自宅がある東松島市まで戻りました。子供がもしかしたら自宅にいる可能性があるなと思ったので。ただ自宅からあと2~3キロというところで渋滞で動けなくなったので、車を路肩に停めて出ようとしたところに津波が来て。。小さい工場にあった天井クレーンに登って避難して、その建物の中で一晩過ごしました。ギリギリ水が上がってこないくらいの高さでしたね。
ご家族は無事だったんですか?
――子供はまだ学校にいました。長女は自宅にいたんですが、外に出て逃げている途中で友人の車で避難したそうです。
よかったですね。ただ、その間ご家族と連絡がとれない状況でしたから心配だったでしょうね。
――子供は心配でしたね。その後学校に迎えに行って再会できました。それから今までが本当に長かったです。それなりに作業できるように整うまで7年はかかりましたね。このあたりは地盤沈下がひどくて、80cmから1mくらい沈下しました。
復興まで7年かかりました
いまの岸壁の風景は新しいものですか?
――そうです。前は石垣が積んであってもっと広かったんですよ。
現在のように整備されて船がつけられるようになったのは最近のことですか?
――去年くらいからです。
では、復興までは全くお仕事はできなかったんでしょうか。
――出張修理はしていましたが、たいした仕事はできないですよね。ファンドや東北共益基金から出資してもらったりして、その出資金を元に事業の継続を図っていました。
そうですね。他の企業でも廃業せざるを得なかったところもあったんでしょうか。
――ありますね。もうこれ以上続けていく気力もないというか。。そんな状況でした。
御社の経営理念について詳しく紹介させてください。
株式会社佐藤造船所 経営理念
一、私達は、自由な発想と行動力で、安全で楽しい、命輝く船文化の創造に挑戦します。
一、私達は、船を通じ、自然と共に、心豊かに生きる、社会創りに役立つ企業を目指します。
一、私達は、共に学び成長し、力を合わせ、未来を切り拓き、夢を実現します。
――震災の前から2人で先代からやってきたことを成文化しようということで、勉強会に行ったりしながら考えて決めました。復興を計画するときも支えになりましたね。木造船の建造は先代(専務のお父様)に教わってやっていましたが、震災で作り途中の船や道具類が全て流されてしまって。。
震災が起きる前にもしこの理念が固まっていなければ、復興は難しかったでしょうか。
――そうですね。知り合いから「もうやめてもいいんだぞ」と言われたこともありましたが、先代、先々代から培ってきたものをなくしちゃいけない、なくしたくないという一心でどうにかやっていこうと。夢を引き継いだというより、震災をきっかけに新たに2人で起業したっていう感じが今は大きいですね。
今後の計画や新しくこんなことをやりたいと考えていることはありますか?
――昔からやっている漁船のメンテナンスは1つの柱として今後も続けていきます。一般の方に船を身近に感じてもらいたくて、そういう取り組みをしたいと思っています。
それは例えばどんなことをお考えなんですか?
――小さい木造船やシーカヤックを作って、それに乗れるような場所があったらいいなと考えてます。弊社の社長もシーカヤックのインストラクターの免許を持っているので、それも活かしたいですね。造船所って普通の人が入れるような場所じゃないので、興味を持ってもらえるような取り組みをしたいですね。
地域の人たちや一般の人に向けた製品を展開していきたいということですね。
――大きい船だと置き場に困るし、金額も高いじゃないですか。持てる人も限られてくるし。。でも海外だと違うんですよね。割と小さいときから船に親しんでる人も多いと思います。
そういう文化は日本と違いますよね。お金持ちが持っているイメージです。
――自分たちは子供の頃から浜で小さい船に乗って遊んだり、そういう経験があるので、同じような経験をいろんな人にしてほしいですね。お金を持っている人だけが乗れるっていうのが船じゃないと思うんですよね。商売になるかはわからないんですけど(笑)そういう自分たちが子供の頃にした経験が役に立っているなって思うことが多いんですよね。自然の中で遊んでたっていうか。津波のときもそういうのを経験してたから、何か感じて逃げたりとか、そういうのがあったと思うんですよね。
素晴らしいお考えですね。本日は誠にありがとうございました。